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絶望したときに役立つスマートな考え方まとめ

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人生に絶望はつきものです。誰だって期待していたことが裏切られれば傷つくし、思い通りにならないことがあれば大なり小なり落ち込みます。
 
 
これらは避けられないことです。
 
 
しかし、だからこそ人生で絶望した時にどう対処するかが大切になってくる。絶望したまま自暴自棄になるのか?このままじゃいけないと自分を奮い立たせるのか?その瞬間、どのように物事を捉え、どのように行動するかでその人物の人間性は試されます。
 
 
今回は、絶望した時に役に立つかもしれない対処法をこれから箇条書きで紹介しきましょう。
 
 
今から登場する考え方が、現在絶望の淵で苦しんでいる人の生きる上での助けになることを願っています。
 
 

絶望のプロフェッショナル

紹介していく前に少し話をさせて下さい。
 
 
個人的な話になって恐縮ですが、僕は絶望のプロです。
 
 
絶望に関してだけ言えば、多分一般的な人より多く味わっていると思います。なぜなら僕は躁鬱という気分障害を患っているから。
 
 
正確に躁鬱と診断されたわけではないのですが、客観的に見ても気分の浮き沈みが激しいし、遺伝的に見ても母親にその節があるので躁鬱であることは間違いないように思います。(そのため不安定なやつとよく評価される)
 
 
だからといってはなんですけど、絶望することが普通の人より明らかに多い。しかも何の意味もなく。
 
 
嫌なことが起きたわけでも、挫折体験があったわけでもなくただただ生きてるだけでそうなるのです。まるで、好きでもない女性に告白してすらないのに振られているようなもんす。
 
 
知らない人の為に一応説明すると、これはいわゆる鬱状態と呼ばれる症状で、躁鬱を患っている人間は定期的にこの状態に陥ってしまい、自力で抜け出すのが困難になります。
 
 
何もやる気になれないし、動く気すら失せてしまう。
 
 
知らない人の為に一応説明すると、これは絶望したときの感情に非常に似ています。というかもう、絶望そのものだ。僕はそんな感情を物心ついた頃から味わっています。
 
 
といっても、別に同情してほしいとか慰めて欲しいとかいってるわけではなく、絶望の取り扱いには人一倍慣れていますよってことが言いたかっただけ。
 
 
そして、人一倍慣れているからこそ、絶望を打ち負かす手段を語るには適任だと思います。自分で言うのもなんですけどね。
 
 
前置きじみた話が長くなってしまって申し訳ないですが、そんな人間がこれから絶望の取り扱い方について語っていくのでどうか一つよろしく。
 
 
あとついでに言っておくと、社会的なカーストも低めなので、本当の意味での絶望もそこそこ味わっている方。
 
 

1、自分だけじゃない

まず手始めに、一番オーソドックスな考え方を紹介しておきましょう。それが「不幸なのは自分だけじゃない」というマインドチェンジ法。
 
 
この考え方の優れた点は、多岐にわたって汎用性があるということ。絶望した時だけではなくありとあらゆる時に使えます。
 
 
悩んだとき、苦しいとき、慢心してしまったときなど、使える場面は枚挙にいとまがないので、そんな折は、是非この言葉を思い出してほしいかなと。
 
 
そして実際問題、絶望して前が見えなくなっている人はあなただけじゃない。皆絶望してしまった理由やプロセスは異なるでしょうが、同じように絶望感を感じ次の一歩を躊躇してしまった経験を持っているもんです。
 
 
仕事が上手くいかなかったり、信用していた人に裏切られたり、恋人に振られたりと、生きていればそういう場面に出くわす瞬間はいくらでもあるし誰にでもあるでしょう。
 
 
だから辛いのは自分一人じゃないと考えてみてください。そうすれば孤独感から解放され、他者に対しての理解度も深まり寛容になれます。
 
 
もし絶望しているのは自分だけじゃないと考えることが出来たなら、きっと気が楽になるはず。
 
 

2、自分より辛い人は世界にたくさんいる

世界まで比較対象を広げれば、辛い思いをしている人はそりゃあたくさんいます。
 
 
明日のご飯さえままならないような経済状況の人もいれば、毎日命の危険にさらされている人もいる。まずはそういう人がいることを思い出してみましょう。
 
 
いかにも人道主義的な見方ではあるし、比較すること自体見下していることに他ならないですが、そういう人がいることは紛れもない事実です。
 
 
だからと言って、「自分たちの恵まれている環境をありがたがれ」とか、「おまえの絶望している理由なんか大したことじゃない」と言うつもりはありません。
 
 
人はそれぞれ用意された舞台が違います。
 
 
ここで僕が言いたいのはつまり、客観的な目を持ち多角的に物事を見れるようになろうという意味でです。
 
 
絶望はいつだって主観の中にあります
 
 
主観的になり過ぎて「もうだめだ」と感じるから絶望するのです。
 
 
これは視野が極端に狭まり、物事を一方向からしか見れない状態と同じで、障子の穴を目を極限まで近づけて見ているようなもの。
 
 
そんなときは障子の穴から距離をとる必要があるでしょう。
 
 
そして、それが自分より辛い人が存在していることを知るということになってくるのではないかと。
 
 
要するにいろんな人がいることを理解すれば、視野は自然と広がってくるのです。
 
 
もちろんこれは褒められた方法ではないでしょう。しかし絶望している人間もピンチなことに変わりない。そんな時に手段を選んでいる余裕なんてないし、人道的であり続ける必要もない。
 
 
大切なのは、まず自分がどうやって立ち上がり前を向くかではないでしょうか。そして余裕が出来てはじめて人にやさしく出来るのではないでしょうか。
 
 

3、雨もいつかは降りやむと考えてみる

人間の優れた長所の一つに、同じ感情を永遠持続させることが出来ないという機能があります。
 
 
人間はずっと泣き続けることも出来なければ、怒り続けることも出来ない。雨がいつかは降りやむのと同じ要領です。
 
 
絶望も同様にいつかは心から去りゆきます。ドーンと構えていればいいのです。開き直ったもん勝ちです。
 
 
というかもういっそのこと「絶望してる自分最高」というレベルまで絶望を楽しんでしまえばいい。
 
 

4、死ぬわけではない

「生きていればどうにかなる」
 
 
鬱から解放されるたび、本当の意味での絶望から解放されるたびにそう思います。恥をかこうが、失敗しようが、大抵何とかなってるからこそここまで来れているのであって、そうじゃなければ僕もあなたも、、、
 
 
誰にでも当てはまりますが、今生きているってことはこれまでにたくさんのことを乗り越えてきたという証明なのです。
 
 
死ぬことに比べれば、それ以外の悩みなど大したことじゃないでしょう。
 
 

5、逃げたっていい

 あまり無責任なことは言えないけど、どうしても辛いなら逃げてもいいと自分に言い聞かせてあげましょう。
 
 
言い聞かせるだけでも気持ちがだいぶ楽になるだろうし、本当に窮地なら逃げるという選択肢も十分あり。
 
 
中には、「逃げるのはよくない。甘えだ。現実を見ろ。社会はこんなものではない」と言う人もいますが(具体的にこういってくるやつの顔が浮かぶから何ともw)、それは時と場合によるでしょう。
 
 
本当にダメだと自分が感じたなら逃げたっていい。アフリカでも南極でもどこでもいいからとりあえず逃げましょう。高知でもいいかもしれません。
 
 
その時に、世間体なんか気にする必要はありません。まさに逃げ恥というやつで。
 
 
まぁ要するに大切なのは、最悪な状況とは何かを見極めること。逃げて恥をかくのが最悪なのか?追い詰められてジリ貧になっていくのが最悪なのか?
 
 
賢明な皆さんなら考えるまでもなくお分かりかと。
 
 

6、長い目で見れば人生のスパイスになる

苦いもの・辛い物を食べた後のデザートは格別うまいですよね。その要領で、考えてみましょう。
 
 
つまり、長い目で見れば絶望とは人生のスパイスになり得ると考えてみるのです。
 
 
事実、辛い経験のあとにくる喜ばしい経験というのはいつにもまして嬉しく感じると相場が決まっています。
 
 
希望を感じるには相対的に絶望の存在が必要とは誰かが言っていた気がします
 
 
だから「あの時乗り越えられたから」と後々思えるように行動しましょう。
 
 
そうすれば絶望した経験というのは何物にも代えられない財産になるはず。
 
 
そしてさらにその時の経験を笑えるまでに昇華出来たなら、なお良し。それこそ人生を豊かにするスパイスとなること必至です。
 
 

7、絶望できたことに感謝してみる

 絶望は色々なことを教えてくれます。

 

 

自分の無力さやどうにもならない現実、他人を深く理解することなどなど。

 

 

そして絶望の中からしか持ち帰れない財産がたくさんあるし、絶望した数だけ強くなれるのではないでしょうか。ピンチはチャンスという何のひねりもない言葉しか出てこないのですが、まさにそれ。
 
 
僕も絶望できたことに感謝できるくらい器の大きい人間になりたいもんすね。
 
 

まとめ

絶望した時はどういうスタンスをとるかが一番大切です。
 
 
スタンス次第でいい方向にも悪い方向にも転換していくような気がします。
 
 
悪い方向とはすなわち、立ち止まること。絶望してしまうのは仕方ないとしても、絶望の中に居場所を見つけ安住してしまうのは褒められたものじゃありません。
 
 
立ち止まる時間はあっていいと思うけれど、そこを住処にしていてはいつまでたっても前に進めないのです。前を見ましょう。それくらいしか人間には出来ないのだから。
 
 
今回紹介してきたスマートな考え方の中のどれかしらが、絶望の淵にいる人をいい方向へと運んでくれるように願っています。
 
 
というわけで以上。