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「である調」と「ですます調」どっちが使いやすいのか

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文章とは繊細なものだ。そして正解のないものである。

 
どうも、もぐらだ。
 
僕は毎日のようにブログで文章に触れているのだが、常々そう思っている。文章とはあらゆるものから影響を受けやすいうえに、これといった正解がないものだな、と。
だから文末形式を変えただけでも、伝えたいメッセージが全く作用しなくなったり、逆に作用しすぎて意図していたものとはかなり違うものになったりする。
要は、「ですます調」を使うのか、「である調」を使うのかを変えただけで読者に与える印象は大きく変わってしまうというわけだ。だから文章の目的に沿って文末形式を使いこなせるようになっておいた方がいいと僕は思う。
 
そこで今回は、「ですます調」「である調」の持つ特徴と両者の違いを、私もぐらが不肖ながら解説していこうと思う。ちなみに僕は、そんじょそこらにいるブロガーの一人である、どうぞよろしく。
 

ですます調の特徴

まずは「ですます調」の特徴から説明する。とりあえず例文を見ていただきたい。
 
(例)
僕は昨日公園に行きました。すると友達のA君がいたので、一緒にサッカーをして遊ぶことになりました。汗をかきながら懸命にボールを追っていると、時間がたつのも忘れてしまい気付けば夕方になっていました。
僕がちょうどA君をドリブルで抜き去ったところで、お母さんが僕を迎えに来ました。「さあ、帰りましょ。今晩はカレーよ」
僕は心惜しかったのですが、A君と簡単に別れをすますと、家に帰りました。とても楽しかったです
 
 
上記の例文からも分かるように、「ですます調」は万人に受ける文末形式だ。そして万人が使いやすい表現方法でもある。
実際、ブロガーの多くは「ですます調」を採用している。おそらく誰に読まれても受け入れてもらいやすいという理由で使っていると推測されるが、その分メッセージの強さに欠ける。だから、ここは強調して伝えたいな!という時などは語尾を強くすることが出来ないので、表現自体で勝負するか、装飾で目立たせるしかない(ブログだと色を使ったり太字にしたりして強調させる)
そして表現で強調しようとする場合、どうしても文章を書く技術が必要になるので、文章になれていない方にとっては非常に難しく感じることと思う。慣れていない方が表現のみで強調しようとすると、まとまりきらなくなるうえに回りくどくなる。
 
僕も以前までは「ですます調」で文章を書いていたので言えるが、「ですます調」の欠点は、言い切ることが出来ないゆえのもどかしさだと個人的には思っている。
 
ただ逆に、完全に言い切らないので、読む人に柔和な印象を与えるとも捉えることが出来、どちらを取るかは個人的な好みの問題になるだろう。
 
 

である調の特徴

続いて、「である調」の特徴を説明してみよう。例文を見てくれ
(例)
僕は昨日公園に行った。すると友達のA君がいたので、一緒にサッカーをして遊ぶことになった。汗をかきながら懸命にボールを追っていると、時間がたつのも忘れてしまい気付けば夕方になっていた。
僕がちょうどA君をドリブルで抜き去ったところで、お母さんが僕を迎えに来た。「さあ、帰りましょ。今晩はカレーよ」僕は心惜しかったが、A君と簡単に別れをすますと家に帰った。とても楽しかった。
 
 
これは「ですます調」の例文と同じ内容だが、何か違和感がないだろうか?
 
急にこの例文の少年がバカっぽくそしてマザコンっぽく、見えてくるだろう笑
 
「である調」の大きな特徴はここにある。「である調」は読む人に大人びていて、知的な印象を与える。だから少しでも幼稚な言葉を使ったり、知識に誤りがあったりしたときなんかは、読者を瞬く間に幻滅させてしまうことになる。
さらに読む人が読めば、生意気だと批判されるリスクもはらんでいる。権威性や威厳が示せる代わりに反発も起こしやすいというわけだ。
これは「である調」を使う際の大きなデメリットといっていいだろう。じゃあ逆にメリットはなんなのか?
 メリットは、さっきの「ですます調」の逆で、伝えたいことを端的に、そして強く伝えることが出来るという点だ。
僕が「である調」を使うようになって感じているのは、以前に比べて格段に文章が書きやすくなったということである。加えて文章を書くことに対して、いつも誠実でいなければならないとも思うようになった。それはやはり上記で説明した「である調」の持つ特徴が起因しているといっていい。
デメリットである、誤解を招きやすいという点が気にならないのであれば「である調」は非常に使いやすく、正確に思いを伝えるのに適していると言えるだろう。
 

両者の違い

「である調」はレポートや論文、「ですます調」は作文や童話で使われることが多いとされている。このことから言えるのは、「である調」は権威性を示したい場面や相手に正確に情報を伝える場面で使えるということ、反対に「ですます調」は物語や相手の感情に訴えたい場面で使えるということだ。
究極を言ってしまえば、場面場面で使い分けるのが1番効果的ではあるし武器にもなるだろう。ただ上記以外で文章を書く際、特にブログに関しては僕のオススメがあるので、その話をしてこの記事を終わりにする。
 
 今までさも、「である調」寄りな論を展開してきたわけが、ことブログに関して言うと「ですます調」の方が向いているツールだと思う。
なぜならブログとは多くの人間に見られることを前提にしているので、やはり万人に受け入れやすい文章を書いた方が有利だし汎用性があるから。まあ僕のようにメッセージ性に重きを置いているようなブログは別だが。
それに「ですます調」は所々でため口を挟めたり、文章が上手い方なら差別化を図れたりするのでそれらを上手く使いこなせれば単調になりにくくなる。
これを考慮するとブログは「ですます調」にしておいた方がいいんじゃないかと個人的には思う。結局は好き好きだけど
 
 

まとめ

というわけでまとめ。
文末形式は文章を構成する一つの要素に過ぎないが、さりとて文章の印象を左右する重要なファクターであることは間違いない。文末形式の特徴がなんとなく理解出来たならどちらが自分の文章に合うか試してみるといいかもしれない。
そして、ことブログに関しては、「ですます調」の方がおすすめということである。
 
 どこまでも個人的な所感に過ぎない内容ではあったが、参考にしてもらえたらうれしい限りだ。
 
というわけで、今回は以上。
 
しーゆー
 
追記:やっぱりブログをやるには「ですます調」の方が使いやすかったので、即効で切り替えましたw悪しからず。
 
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